■ 抗菌作用を持つ材料
無機系抗菌剤とは、銀をはじめとする抗菌性金属を各種の無機物担体に担持したものである。 これら無機系抗菌剤は有機系抗菌剤に比べ一般に安全性が高く、他にも広い抗菌スペクトル性、耐久性、耐熱性に優れていると考えられている。 しかし有機系抗菌剤のなかには熱により分解し、ダイオキシンなどを発生するものもあるが、 一般的に短時間に効果を発揮する「切れ味」の良さという特徴を備えている。
Fig.1に示すように、微量の銀イオンをはじめ他の金属にも同じ様な抗菌作用のあることが見出された(*1)。 この効果は極微作用(Oligodynamic Action)と呼ばれている。しかし、実使用となると、水銀、カドミウムなどの重金属は安全性の点で問題があるため、 使用できるのは銀、銅、亜鉛くらいである。
Fig.1 チフス菌(Salmonella typhii)の生存に及ぼす各種金属イオンの濃度
~最小発育阻止濃度~
(*1)新殺菌工学実用ハンドブック, 467, サイエンスフォーラム(1991)
*引用文献 抗菌製品技術協議会資料
■ 抗菌のメカニズム
銀の抗菌性メカニズムについてまだ完全な結論を得ていない。現在、大きく分けて2つの有力な説が提唱されている。
それが銀イオン説と活性酸素説である。
① 銀イオン説
銀イオンの抗菌機能を発揮する本質はどうも銀イオンと-SH基(スルフヒドリル基)との反応であるらしいということがわかってきた。 銀イオンは-SH基を有するアミノ酸であるシステイン(HS-CH2-CH(-NH2)-COOH)と強く結合する。 その他、同様にグルタチオン(-SH基を有するトリペプチド)もシステインと同様強く結合する。 銀イオンの殺菌作用について、銀の電位滴定の手法から銀の挙動を解析した椿井の研究(*1)は本質を突いている。
この研究から殺菌速度はハロゲンイオンの種類には関係なく、液中の銀の濃度で決まることがわかった。 また殺菌の限界は銀濃度が10-9.5mol/Lと非常に薄い濃度であり、これはちょうど-SH基と銀イオンが反応する限界の濃度に相当することも判明した。
この意味は、銀イオンの供給速度に依存しており、銀イオンと-SH基との相互作用が殺菌作用の限界を律しているということである。
抗菌剤から溶出した銀イオンは共存する塩類やタンパク質などと反応してあるレベルの銀錯体を作る。 銀化合物自体の菌体移動はなく、表面にとりついた銀はなんらかの経路で内膜に入り、銀は親和性の順にいろいろなタンパク質と反応する。 最後に銀は-SH基の部分に結合し最も安定した化合物になる。
一方、バクテリアは生存するためには進入して来た銀イオンを解毒しなければならない。
そのため、菌は銀を安定な硫酸銀や金属銀の形にするか、またはグルタチオンやメタロチオネイン(システイン残基を以上に多くふくむタンパク質) が関与して可溶性あるいは難溶性の化合物の形態にして細胞外に排出する。 しかし、解毒する以上に銀イオンが菌の代謝システムを妨害すると、菌は死滅するということになる(*2)。 銀ゼオライトや銀ガラスなどはこの銀イオンによる作用機構であろうと考えられている。
(*1),(*2)椿井 靖雄:多様化する無機系抗菌剤と高度利用技術,アイピーシー,25-68(1997)
* 引用文献 抗菌製品技術協議会資料
② 活性酸素説
酸素の一種である活性酸素は生理的代謝に寄与し、ある時は生理活性物質の産生に働き、また病原菌を殺し、 さらには抗癌作用においても重要な働きをして我々の生命の営みで重要な働きをしてくれている。 しかしコントロールされていない状態での活性酸素は生体組織の酸化反応、核酸やタンパク質の変性、あるいは脂質の過酸化反応を起こす。
活性酸素を発生する銀系無機抗菌剤の抗菌機構は酸化チタン光触媒と同様な反応系が想像できる。
バンドギャップ以上の光エネルギーを酸化チタン光触媒に照射すると、価電子帯(valence band)から伝導帯(conduction band)へ電子が移動し、 伝導帯には電子が生じ、価電子帯には正孔(hole)が生じる。この結果、酸化チタンの電子や正孔が表面で化学反応に関与する。
酸化チタンにおける反応はつぎのような経路で起こると考えられる。
第一段階 光エネルギーによる励起
TiO2+hγ→TiO2*(e- + h+)
伝導帯での酸素の還元
O2 + e- → O2-
O2- + H+ → HO2・
O2- + 2H+ + e- → H2O2
H2O2 + + e- → ・OH + OH-
H2O2 + O2- → ・OH + OH- + O2
価電子帯での水の酸化
H2O + h+ → ・OH + H+
OH- + h+ → ・OH
この反応の結果、毒性の強いヒドロキシルラジカル(・OH)が発生する。銀リン酸ジルコニウムの作用機構は活性酸素であると考えられている。( *1 )
( *1 )高麗寛紀:無機系抗菌剤開発の現状,防菌防黴,24,509-515(1996)
引用文献 抗菌製品技術協議会資料